中国あれこれC


「還珠格格」を継ぐのは


 (有)オフィス・エー代表 
中田 勝美 
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小燕子:趙薇

紫薇:林心如

           
         ブームを巻き起こしたテレビ番組
 

 「山は崩れ、水は流れず。時間が止まり、昼夜の別もなくなる。天地の万物が虚無となる。そんな時になってもぼくは君と別れない。君の優しさがぼくがこの世で一番守りたいものだから。ア〜ア〜ア〜」という主題曲がテレビ画面から流れ出すと、家族全員がテレビに釘づけになる。98年から99年にかけて中国本土と台湾を一つのテレビ番組が席巻し、一つの社会現象を引き起こした。

 そのテレビ番組は「還珠格格」。舞台は清朝乾隆帝の時代。乾隆帝が民間の女性に生ませた娘、紫薇は母の亡くなる間際に父は皇帝であると知らされ、皇帝に会いたい一心で北京にやってくる。しかしそう簡単に皇帝に会えるはずもなく、為すすべもない時に武術にたけ義侠まがいのことをしている小燕子と出会う。明朗活発で他人の不幸を見過ごしにできない小燕子は紫薇と姉妹のちぎりを結び、ある日皇帝が狩猟に出かけたときに狩猟場に忍び込んで直訴しようとはかる。しかし衛兵のいる狩猟場に忍び込むのは容易ではなく、紫薇は乾隆帝直筆の扇子など娘である証拠を小燕子に託し、小燕子は一人で皇帝の近くまで迫る。そこで刺客と間違われて矢を射られ傷を受けるが、証拠の品が小燕子を助ける。

 故宮に運ばれた小燕子は看病を受け助かるが、皇帝の娘と間違われているのに気づく。しかし小燕子自身も孤児であり、皇帝の優しさに父親としての愛を感じ、誤解をすぐにはただせないでいる。また本物がほかにいると言い出すと本人の命にも関わる。時期が来るまで待とうということで、「還珠格格」と名をもらい故宮で暮らし始める。そこに皇帝の第五皇子や貴族である福家の息子たちの協力を得て、本物の娘紫薇を皇帝に認知させるため様々に工夫する−−−。

 台湾の著名な作家剥辨の原作だが、アクションあり、愛あり、笑いありと、ストーリーは起伏に富んでおり、次の放送が待ちどおしいことこの上ない。しかも第2部ではウイグル族の姫香妃が登場したり、小燕子や紫薇、そしてお互いに思いを寄せるようになった第5皇子や福家の息子たちが、皇帝の怒りを買い追っ手を差し向けられるという展開になる。波瀾万丈の楽しさがますますバージョンアップしたわけである。しかし考えればこのドラマがこんなに人気になるのは、やはり中国の改革開放の政策が本物になってきたからだろう。台湾との合作ということにとどまらず、清朝のそれも皇帝や皇族が中心人物であること(つまりかつての支配層が良い人間に表されている)は、これまでの共産党の発想では許されなかったことだろう。中国共産党中央宣伝部文芸局副局長の張華山は「還珠格格はどうしてこんなに多くの視聴者の人気を得たのか。テレビ関係者は謙虚に学ばなければならない」と語っている。ドラマを製作した湖南経済テレビ局には政府、党関係者からビデオを送ってほしいとの依頼が次々に来たということである。

         チャンスをつかんだ女優

 このドラマで一躍人気になったのが小燕子を演じた趙薇という女優。目がぱっちりとしていて、活発明朗という役柄にまさにはまり役である。趙薇は今22歳、安徽省出身で北京電影学院の学生である。父がエンジニア、母が音楽教師の娘で、中学卒業後は親の希望で教師養成学校に入学したが、やはり演劇への道は捨てがたくまず上海で有名な映画監督の謝晋が運営する「謝晋明星学校」に入学する。1年後さらに本格的に勉強したいと北京に行く。ここでいくつかのドラマに出ていたのを目に留めた監督が主人公に白羽の矢を立てたのである。もうすでに何冊か出ている趙薇の「内幕紹介本」によると、このとき来た役は当初可憐な紫薇の役だったそうで、承諾して脚本を読むと小燕子の役柄の方が自分にぴったしということで、監督に交渉して役柄を変えてもらったそうである。それが結果的に良かったのかもしれない。天運があるということだろう。

 台湾では「『格格熱』という伝染病が広まっており、それは『還珠ウイルス』によってかかる」という社会現象として紹介され、いわゆる追っかけも多く生まれた。爆発的な人気を呼んだことから、出演者が(もちろん台湾の俳優も含まれているが)台湾を訪れたときは、空港に着いたときから一挙手一投足が注目され、その日の昼食に何を食べたか、どんな買い物をしたかまで報道される始末。ファンとの集いで趙薇が「私にはボーイフレンドがいる」と答えると、会場からは一斉に「エエッ」という失望ともとれるため息が流れたという。

 さて2000年。「還珠格格」の制作者はさらに続編の第3部は撮影に入らないと言明しているが、社会派といわれるドラマより明るく楽しい番組がより好まれる時代の中で、第2、第3の「還珠格格」は生まれるのだろうか。また中国本土、台湾という政治的には対立している地域で、庶民がそれぞれ熱狂するという現象が社会関係にも影響を及ぼし、日本をも巻き込んだこの地域での新たな関係をテレビ番組が生み出すというような「夢物語」になるのだろうか。

 趙薇は一番好きな言葉は「字氏頁葎嗤彈姥議繁遇栖議」だと言っている。チャンスをうまくつかむには普段の努力を重ねることが必要ということだが、本人がそれを実現しただけに重みがある。人だけではなしに日本、中国、台湾という組織も果たして新しい世紀にチャンスをつかむために準備を怠っていないのか。本当にのんびりとテレビを見ている場合じゃないよ、というのは天の声かも。