特急<あじあ>の牽引機「パシナ」発見と復元のドラマ
“幻の巨人”はこうして甦った

                  竹島 紀元((株)鉄道ジャーナル社社長)


その2 パシナついに走る

 瀋陽鉄路分局長の捧げたハンマーが、北の夕日にキラリと光った。点検ハンマーは機関士の魂でありシンボルである。金槌ほどの重さだが手にとった感触はずしりと重かった。

 1984年(昭59年)10月9日、入出区する前進形SLの歯切れのよいドラフトが響く蘇家屯機関区構内の一角に新設された瀋陽鉄路蒸気機関車陳列館のパシナ(SL751)の前で、奇跡的に甦った“伝説の巨人”の出発式が始まった。

 かねてから私たちは、日本の代表的なSLを動態・静態で保存して人気を集めている京都の梅小路蒸気機関車館のような施設を中国でもつくることを提案してきたが、瀋陽鉄路局の理解と努力で幸いそれが実現し、9月下旬、瀋陽鉄路蒸気機関車陳列館が開館した。満鉄創業期から解放後比較的最近まで東北部一帯で活躍したアメリカ、日本、ソ連、チェコ製などの古いSLを集めて展示した施設で、瀋陽市の新しい鉄道名所として誕生したものだが、その目玉としてSL751(パシナ)が動態復元され、私たち第9次「鉄道友好訪中団」21人を迎えて盛大なパシナの出発式が挙行されたのである。点検のハンマーは団長の私に記念としてプレゼントされた。

 何度かの対面でもう見慣れた流線形SLだが、ボイラーに熱い蒸気を漲らせた姿は生き生きと光り、一段と頼もしく見えた。儀式は順調に進み、パシナは豪快な汽笛を吹き鳴らし両側のシリンダーから白い蒸気を噴射して、力強く動き始めた。人間の背よりもずっと大きな動輪を逞しく回転させて、流線形の巨体がゆっくりと眼前を通り過ぎてゆく。

 思えば、スクラップ寸前のパシナ−SL753と初めて対面してから4年…、私たちの悲願はついに達成されたのだ。万感の思いが胸にこみあげた。


 こうして“幻のパシナ”は甦った。だが、コツコツと手作業を重ねての応急修繕であり、高性能近代SLに不可欠なボイラーの加熱装置は撤去されたままで使える蒸気圧力も低く、車輪のタイアも磨り減っていて、まだヨチヨチ歩きといったところ。見学者を乗せた客車を1両ひいて構内の短い線路を何回かゆっくり往復するだけだったが、スクラップ状態から奇跡の復活をした老いたパシナとしては、これが精一杯の健闘に違いなかった。


 
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